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名古屋高等裁判所 昭和55年(ラ)120号 決定

抗告人 国

代理人 松津節子 横山静 横井芳夫 谷口勝憲

相手方 秋山茂則 ほか一四〇名

主文

1  原決定の主文第一項及び第二項を次のとおり変更する。

一  抗告人の別紙当事者目録(一)記載の相手方九名に対して負担すべき費用額及び費用額確定手続の費用額は別紙一審原告分及び一審被告分の各計算書に基づき相殺のうえ、別紙金額目録(一)記載の金額のとおり

二  抗告人の別紙当事者目録(二)記載の相手方一三二名に対して負担すべき費用額及び費用額確定手続の費用額は別紙一審原告分の計算書に基づき別紙金額目録(二)記載の各金額のとおり

と確定する。

2  抗告費用は相手方らの負担とする。

理由

抗告代理人は主文と同旨の裁判を求めたが、その理由とするところは、別紙抗告の理由記載のとおりである。

よつて按ずるに、民事訴訟費用等に関する法律第二条第五号は、民事訴訟の当事者の代理人が、口頭弁論期日その他裁判所が定めた期日に出頭した場合の旅費、日当及び宿泊料は、代理人が二人以上出頭した場合につき、そのうちの最も低額となる一人についての旅費、日当及び宿泊料をもつて当事者等の償還義務を負うべき訴訟費用の額とする旨明文をもつて規定するところ、右規定は、事案複雑、関係者多数のいわゆる大型訴訟においてもその例外を許すべき解釈をとる余地は存しないものというべきである。されば、本件記録中、原決定に先だち相手方ら代理人より提出された意見書等の所見に鑑み、当該事案における具体的妥当性、実際上の必要性の見地からは運用上別途の取扱いが望まれる場合があるとしても、なお実務上そのような取扱いは前記民訴費用法の解釈上許されないものといわざるをえない。

かくして、相手方ら代理人は、原決定に先だつて提出した計算書において、相手方(一審原告)ら支出にかかる訴訟費用の一項目たる原告ないし控訴人らの訴訟代理人として、口頭弁論期日(和解期日を含む)及び検証期日に出頭した場合の旅費、日当、宿泊費につき、これをそれぞれ数人分とし、かつ高額となる遠隔地在住の代理人のそれも計上しているところ、その許されないことは前記のとおりであつて、右の違法をいう抗告人の本件抗告は理由がある。

よつて、一審原告分の計算書中の費目についても最も低額となる一人の代理人の費用額を除くその余を除外して本件訴訟費用額を確定すべきところ、右のようにして算出すると、抗告人の別紙当事者目録(一)記載の相手方九名に対して負担すべき費用額及び費用額確定手続の費用額は、別紙一審原告分及び一審被告分の各計算書に基づき相殺(別紙計算表(二)の番号123ないし131の「抗告人の負担すべき訴訟費用額」欄の金額から一審被告分の計算書末尾の費用合計欄4に記載の原告九名各人の負担額四三三円九〇銭をそれぞれ差引いた額)した結果、別紙金額目録(一)記載の金額となり、また抗告人の別紙当事者目録(二)記載の相手方一三二名に対して負担すべき費用額及び費用額確定手続の費用額は別紙一審原告分の計算書に基づき別紙金額目録(二)記載の金額となること計数上明らかである。

よつて右と異る原決定主文第一項及び第二項を右のとおり変更し、抗告費用は相手方らに負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 柏木賢吉 加藤義則 上本公康)

別紙

抗告の理由

原決定は、本訴訟における相手方らの代理人の口頭弁論期日出頭日当、旅費及び検証期日出頭日当、旅費、宿泊料として、相手方ら主張どおり前者については、おおむね五名分(うち二名分については、東京又は横浜からの旅費をも含む。)、後者については、おおむね一〇名分(うち四名については、東京又は横浜からの旅費をも含む。)を認めているが、これは、以下に詳述するとおり、代理人二人以上が口頭弁論期日等に出頭した場合、最も低額となる一人分について旅費、日当及び宿泊料を認めんとする「民事訴訟費用等に関する法律」(昭和四六年法律第四〇号(以下「費用法」という。))二条五号の規定に反するものである。

一 費用法は、民事訴訟等の費用につき、実務上問題とされてきた諸点について立法的な解決を図るとともに、その体系を整備することを目的として立法され、当事者等が相手方等から償還を請求することができるとされているものの範囲を、「民事訴訟等の費用の範囲」として二条各号に列挙している。

これは、旧民事訴訟費用法(明治二三年法律第六四号、以下「旧法」という。)が、訴訟費用の範囲について、その一条において「権利ノ伸長又ハ防禦ニ必要ナル限度ノ費用」として概括的に定め、二条以下において、その費用に含まれるものの一部についてその額を算定するための規定を置いていたにすぎなかつたことから、訴訟費用とすべきものの具体的な範囲・限界が不明確であり、その額の算定について必要以上に手数を要した点を改めたものである。すなわち、費用法は、従来の概括主義を改め、その二条で、訴訟において一般的に必要な費用を類型化して制限列挙し、その額も法定化することによつて、当事者間の公平化、費用確定手続の迅速化を図つたものである。

このような立法がなされたのは、当事者間の償還請求の目的となる訴訟費用の範囲についての次のような考え方が基本となつている(内田恒久編「民事・刑事訴訟費用等に関する法律の解説」四一ページ以下参照)。

すなわち

1 訴訟費用は、結果的に敗訴となつた当事者が負担することとされているが、相手方当事者の支出した費用すべてを負担させることは、民事訴訟制度の利用に予想外の危険を伴うこととなり、その利用を躊躇させる結果となるおそれがあることから、その範囲は、個々具体的な訴訟における特殊な必要に基づくものを除いて、訴訟等の実施につきごく一般的に必要とされる種類のものに限るべきものである。

2 訴訟費用額を定める裁判をするにあたつての審査は、基本となる訴訟の手続に附随しそれとは別個の手続として行われるにすぎないことから、訴訟費用の範囲は、費用額を確定する司法機関がその手続において容易にその存在を確かめることができるものでなければならない。

そのためには、民事訴訟の費用は、基本となる手続の記録に表われたところにより、費用の発生と具体的必要的が自ずから明らかになり、その額も記録に表われたところに基づいて簡易かつ客観的に算定することができるようなものであるべきである。

3 当事者間の公平を図るべきことは当然であり、その費用の支出がもつぱら一方当事者の利益に属する事情やその内部事情によるものであるときは、これを相手方当事者に負担させ、あるいは対当額による相殺の基礎とすることは、公平に反する。また、公平の観点からみれば、一つの種目の費用の額はできる限り適正な定額によるものが妥当である。

というものである。

ところで、旧法の下においては、代理人の旅費・日当についての明文の規定はなかつたが、実務・学説ともに、費用法と同様に代理人が二人以上出頭したときも、そのうちの最も低額となる一人についてのみ費用の範囲に含めるべきであるとしていたが(仙台高裁昭和二七年九月一五日決定、下民集三巻九号一二四六ページ以下、菊井維大、村松俊夫「民事訴訟法Ⅰ」(第一版)三〇三ページ)、これと異なる取扱いをしている例もなくはなかつた。

費用法は、右のような実務の取扱等をふまえた上で、前述した訴訟費用の範囲についての基本的な考え方に立脚し、二条五号所定のように、代理人の旅費・日当等について訴訟費用に含めるべき範囲・額を制限したものであり、しかもこの規定は強行規定である(内田恒久編、前掲書五五ページ)。したがって、複数の代理人の出頭日当及び東京又は横浜市からの出頭旅費等を「民事訴訟等の費用の範囲」に含めるべきであるとしてなされた相手方らの請求を全面的に認めた原決定の判断は、右の規定の趣旨に反するものというべきである。

本件においては、相手方ら、抗告人双方とも、各口頭弁論期日及び検証期日ごとに、代理人一名(ただし、相手方らにあつては、名古屋に事務所を有する弁護士、抗告人にあつては、名古屋法務局訟務部職員)の出頭日当等のみが、訴訟費用として償還請求又は対当額による相殺の対象とされるべきものである。

二 相手方らは、原審において提出した昭和五五年三月一七日付け意見書において、遠隔地の代理人も含めた複数の代理人の出頭日当等を償還請求することの理由として、本件訴訟にあたり複数の弁護士が事実調査、自然科学等の調査研究を分担して行つたこと、当事者が多数で全国に分散していることから、関東以北在住の当事者についての連絡打合せは東京弁護団が担当したこと、この調査打合せ等を基礎に訴訟活動を法廷で進めるという作業は、一人の訴訟代理人弁護士をもつてしては到底不可能であり、複数の弁護士が必要であつたことを挙げている。

しかしながら、右のような必要性は、まさに「個々具体的な訴訟における特殊な必要性」であり、このような必要性に基づく費用を相手方当事者への償還請求の対象とすべきでないことは、既に述べたとおりである(前記一の1参照)。

また、訴訟費用の負担とその額の算定は、基本となる訴訟の記録から簡易に行えるものでなければならないところ(前記一の2参照)、裁判所の定める期日において相手方らの権利の伸長又は防禦をするために果たして何人の代理人が必要不可欠であるかというような判断は、基本となる民事訴訟の手続とは別個の手続として後日行われる訴訟費用額確定手続においては、到底容易になしうるところではない。

右のような手続における審査には、明確な基準が必要であり、仮に原決定のような訴訟費用の計上を認めるのであれば、概括的な旧法の規定を改めた費用法二条の規定には、当然複数の代理人の出頭日当等をどのような訴訟においてどの範囲まで認めるかという基準が定められているはずである。しかしながら、このような判断基準の手がかりとなる規定が存在せず、また、そもそもそのような基準の設定が極めて困難であることは、本件を例にとつてみても明らかである。すなわち、本件において、仮に複数の代理人の出頭が必要であるとしても、何人の代理人が必要不可欠であるかは、訴訟全体を通じて判断するのか(そうであるとしても、当該訴訟のどのような要因を基準とするのか)、各期日ごとに判断するのかという点も不明確である。また、原決定は、検証期日について他の期日と異なり九名又は一〇名の代理人の費用の計上を認容しているが、代理人の必要性は、各期日の内容によつて判断すべきであるのか、そうであるとすれば、弁論期日と証拠調期日とでは必要性が異なるのではないか、また、原決定は判決言渡期日についても他の期日と同様の費用の計上を認めているが、右期日に五名の代理人の出頭、なかんずく東京からの代理人の出頭が必要であるのか、更には、本件訴訟において名古屋弁護団に加えて東京弁護団が必要なのか、必要であるとしても何人必要かはどのような基準によつて判断するのか等種々疑義があるのである。

費用法二条五号は、前述した訴訟費用の範囲についての基本的な考え方に立脚して、まさに右のような不明確さを排し、最も低額となる代理人一名の日当等のみの計上を認め、もつて、訴訟費用の範囲の客観化ないしは簡易化を図つたものである。しかるに、原決定は、この費用法の制定趣旨に全く逆行し、右のような多数の疑義を残すものであつて、何ら合理的根拠を示していないものといわざるをえない(ちなみに、相手方らの主張する前記の理由について検討するに、相手方らは、相手方らのうち関東以北在住の者についての連絡等に東京弁護団があたつたこと、東京弁護団は主として法律学の調査研究自然科学の一部について調査・研究を分担したことなどを挙げるが、相手方ら一三二名のうち関東以北に住所を有するものはわずか一六名(一審判決当時)にすぎず、また、その余の点は特に東京等に事務所を有する弁護士の出頭が必要である理由にはならない上、本件訴訟記録上右分担の事実が明らかともいいがたくその点についての疎明もない。また、検証期日については、担当部門ごとの代理人の出頭が必要であつたとしているが、それぞれの代理人がどの部門を担当したのかは、本件訴訟記録・疎明資料のいずれからも不明確である上、仮に右分担の事実があるとしても、それのみではなぜ一〇名もの代理人の出頭が必要であるのか判然としない。のみならず、相手方ら主張のとおりであるとすれば、国道四一号周辺の地形・地質等事実調査を担当したのが名古屋弁護団であるというのであるから、検証の目的に照らし検証期日に東京弁護団の四名の弁護士の出頭が必要不可欠であるか否か疑問の余地なしとしない。また、昭和四七年一一月一七日、同月一八日と二日間連続して行われた証拠調期日には、名古屋弁護団からは両期日とも同一弁護士三名が出頭しながら、東京弁護団からは各期日二名ごとの異なる弁護士が出頭したとし、計四名の旅費を請求しているが、このような必要性はまつたく明らかではない。)。

更に、当事者間の公平という要請からみれば、本件のような訴訟において事実上一人の代理人のみでは訴訟遂行に困難な点があることは、ひとり相手方らのみならず、抗告人も同様であり、一般的にみても一方当事者のみに複数の代理人の出頭が必要である理由はないのであつて、双方ともに代理人一名のみの出頭日当等を認めるのが公平にかなうというべきである。

この点につき付言するに、その費用の支出がもつぱら一方当事者の利益に属する事情や内部事情によるものであるときは、これを相手方当事者に負担させることは公平に反するところ(前記一の3参照)、法律学や自然科学の調査研究は名古屋に事務所を有する弁護士が十分なしうるところであつて、あえて遠隔地の弁護士にこれを分担させることは申立人らの内部事情といわざるをえず、複数の代理人の出頭日当のみならず、右のような内部事情に基づく費用まで訴訟費用に含めることは、費用法二条五号の規定の趣旨に反するものというべきである。

なお、費用法は昭和四六年に制定されたものであるが、その数年前から、いわゆる四大公害訴訟が相次いで提起され、また、当時既に、国家賠償請求訴訟としても、サリドマイド訴訟、加治川水害訴訟、そして昭和四四年に提起された本件訴訟のような多数の弁護士の関与する訴訟が各地の裁判所に係属していた。このことに照らせば、費用法二条五号の規定は、多数当事者による事案も複雑ないわゆる大型訴訟をも予定した上で制定されたものというべきであり、この点からも規定の文言に反する解釈をする余地のないことは明らかである。

三 以上のとおりであつて、費用法二条五号に反する部分の申立人らの訴訟費用の償還請求を認めた原決定は右法条の解釈を誤まつたものであり、抗告人は、原決定の確定金額を別紙金額目録(一)(二)(これは、別紙計算表(一)(二)に基づくものである。)のとおり変更されるべく、本抗告に及ぶ次第である。

別紙 当事者目録(一)、(二) <略>

金額目録(一)、(二)  <略>

計算書(一審原告分)   <略>

計算表(一)、(二)   <略>

計算書(一審被告分)   <略>

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